私のおじいちゃん

もうすぐ敬老の日ですね。皆さんは敬老の日に何をしますか?孫の成長は嬉しいと聞きますよね。私にはまだ孫はいませんが、息子の子供なんて想像するだけで可愛いですよね!ミニ息子、見てみたいなぁ。。。

私は幼いころからおじいちゃん、おばあちゃん、ひいおばあちゃんに囲まれて育ってきました。私の相手はほとんどおじいちゃんの役割だったので、私はものすごくおじいちゃん子だったと思います。大人になって思うと、結構ダメなところもあったのだと思いますが、幼い私にとってのおじいちゃんは「誰より優しくてすごい人」でした。

なので、私の中では「おじいちゃんは絶対」な存在で、ものすごく騙されて?生きてきました。「ともこは、誰より器用な子だね。」と言われていたので、私はものすごく器用な人だと信じていたのですが、大人になって自分はすごく不器用なのだと知りビックリ😳!「ともこは頭がいい子だね。」と言われていたので自分はすごく頭がいいと思っていたら、平均点というのは真ん中だと知り、平均点を取ることもまれだった私は「あれ?頭がいいはずだったんだけど…🙄」と高校ですごく苦労しました💦(気づくの遅い!!)

それでも私はおじいちゃんが大好きでした。折り紙屋さんになりたいと言う私のために大量の折り紙と、それを折るためのあらゆる道具をそろえてくれて、「きっと折り紙屋さんになれるよ。いっぱい練習しないとね。」と言ってくれて、お米に乗る鶴を折ったときには「やっぱりすごいね!」とほめてくれたり。小学校に入って算数でつまずいていると「明日教えてあげるよ。」と言って、夜中に参考書で自分が勉強して教えてくれたり。高熱で寝込んでいる私の横で「かわいそうに。代わってあげたいね。」と夜中布団をかけてくれたり。決して私を否定することなく、いつもただただ応援してくれました。

毎朝一緒に散歩をして、「ほら、蜘蛛の巣が朝露に濡れている。今日は雨が降るよ。」とか、「燕があんなに高く飛んでいる、今日はいいお天気になるね。」とか、そんなことを教わる時間が大好きでした。周りの友達には私のおじいちゃんは「ともぞうさん」と呼ばれていました。ちびまる子ちゃんのおじいちゃんみたいだねって。

私は大きくなるにつれて、おじいちゃんがいなくなったらどうしようって不安になることがありました。中学3年生の時ひいおばあちゃんが亡くなり、家での看取りでしたが、「いつかおじいちゃんも死んじゃうかも。」と怖くなりました。そんな時に映画ボディーガードのなかでケビンコスナーが「弱くて怖いから戦うんだ」というようなことを言っていて、「逃げてちゃだめだ!看護を学べば怖くなくなる!」と思い、看護師になる決意をしました。そう、私はとても影響されやすいのです‼

高校3年生くらいから、おじいちゃんの様子は少しずつおかしくなりました。夜中に「ともこ、100万円貸してくれるかい?」と言われ、「え?そんなに持ってないよ。何に使うの?」と言うと「うん。タバコ買おうかなって。じゃ、10円でもいいかな?」と言ってきたので、当時はなんて面白いこと言うんだろう😆と笑っていましたが、日に日に様子はおかしくなりました・・・。

私が大学生になったころは着替えができない、外に行くと帰ってこられない、食事ができない、歩くことができない・・・と徐々にできないことが増えていきました。

大学では一人暮らしをしていたのですが、大学の学園祭に家族で来たおじいちゃんは、「ともこはひとりで生活しているのかい?かわいそうに。代わってあげたいね。」と言いました。できないことが増えても、やっぱり私のおじいちゃんは、変わらず大好きなおじいちゃんでした。寝たきりになってからは口数が少なくなりましたが、お人形をじっと見つめては人形の鼻をチョンっとつついて笑っていました。私のことだと思っているのかな?それとも母のことだと思っているのかな?と家族みんなでほほえましくなりました。

大学2年生の時におじいちゃんは亡くなりました。さいごは家で静かな最後でした。おじいちゃんと祖母は若いころは喧嘩が多かったようでしたが、ほとんどしゃべらなくなったおじいちゃんは最後に祖母に「ありがとうな」と言ったそうです。おじいちゃんは家で介護をしていたので、母も祖母も大変だったろうと思います。休みの日は私も帰りましたが、ほとんどを母と祖母が介護していたので、看護の知識をおじいちゃんに役立ててあげられたかは今もわかりません。ただ、大変なはずの介護を家族みんなが笑いながらできたことで、私の中で看護師を天職にしたいと強く思うようになりました。どんな時もみんなを笑顔にできる医療者になりたいと。それが私の人生を導いてくれました。

幼いころおじいちゃんに「たくさん伝記を読みなさい。偉い人は絶対に苦労しているんだよ。たくさん苦労しなさい。そうしたら強く優しい人になれるんだよ。」とよく言われました。そんな言葉のひとつひとつが私を作っています。たくさん与えられた伝記は、当時つまらないなぁと思いながら読んでいましたが、その一人一人の人生が私の人生に自信を与えてくれています。

私に与えられたものはたぶん、一言でいえば「愛」だったのだと思います。育てられたこと、遊んでくれたこと、教えてくれたこと、それらをまとめて「愛」と呼ぶのだと思います。自分が今子育てをしていても「しつけが~」とか「将来が~」とか思うこともあります。まぁ、孫ではないですしね。子供だから親としてしっかり育てなきゃとか思っちゃう。でも、本当はおじいちゃんのように子供のことを信じて愛してあげられるようになりたいんです。私は怒られたから色々できるようになったわけではなく、喜んでもらえたから、褒めてもらえたから頑張れた。だからそのことを思い出さないといけない!・・・まぁ、難しいんですけどね。怒っちゃうし。信じて見守るって難しいんですねぇ・・・。でも、こんな風に迷いながら子育てするのも楽しいですし、いつか孫ができたら素敵なおばあちゃんになれればいいかなって考えることにします😆子育てを取得するには時間も経験も必要ですもんね!

もうすぐ敬老の日。おじいちゃんのことばかり思い出してしまいましたが、祖母であるおばあちゃんは今もとても元気です!(子供にとってのひいおばあちゃんです。)子供と一緒に、母と祖母にお礼ができるといいなぁ。

おじいちゃん、おばあちゃん、私にたくさんの愛情をありがとうね!

皆さんも素敵な敬老の日になりますように💖

 

投稿者: tomoko_aoki

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